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最高裁判所第二小法廷 平成3年(行ツ)52号 判決 1991年5月10日

岐阜市曽我屋一五四六番地

上告人

坂口幸雄

岐阜市千石町一丁目四番地

被上告人

岐阜北税務署長 吉田正

右当事者間の名古屋高等裁判所平成二年(行コ)第一六号相続税更正後の税額通知無効確認請求事件について、同裁判所が平成二年一二月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 藤島昭 裁判官 中島敏次郎 裁判官 木崎良平)

(平成三年(行ツ)第五二号 上告人 坂口幸雄)

上告人の上告理由

上告状記載の上告理由

一、原判決は、上告人主張の違法事由について、判決に影響を及ぼすことが明らかな曲解がある。

二、原判決は、「相続税の総額」の意義について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法解釈の誤りがある。

三、原判決は、相続税の課税要件の根幹について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法解釈の誤りがある。

以上

(平成三年行ツ第五二号 上告人 坂口幸雄)

上告人の上告理由(上告理由書記載のもの)

一、原判決、上告人主張の違法事由について、判決に影響を及ぼすことが明らかな曲解がある。

すなわち、原判決は、本件更正通知書における更正後の課税標準等及び税額等の記載欠如について、何らの理由説示もなく、ただ、抽象的に「記載要件を充たしている」と述べているに過ぎない。

(「更正後の額」の記載なし)

しかしながら、右更正通知書には、更正後の課税標準等を表示する「更正後の額」という用語がどこにも記載されていないので、記載要件を充たしていないことは外形上、客観的に明らかである。

(「更正額」と差額部分)

右通知書に記載されているのは、「更正額」であって、これは、国税通則法第二九条所定の更正等の効力によって「更正する額」すなわち同法第二八条第二項第三号所定の「更正に係る額」の省略語と解されるので、その内容は、「更正前の額」と「更正後の額」の差額部分を表示するものというべきである。

(更正の効力と差額部分)

ちなみに税法上の更正等の効力は、右通則法第二九条の規定により、当該更正によって増減する税額部分以外の部分の国税についての納税義務に影響を及ぼさないものとされているので、その影響が及ばない部分である「更正前の額」又は「更正後の額」を、当該更正の効力によって「更正する額」である「更正額」ないしは「更正の額」と表示し得ないことは全く明らかである。

(「修正額」と差額部分)

これは、被上告人も、例えば修正申告書(甲第6号証)の中に、

<イ> 「修正前の額」

<ロ> 「修正後の額」

<ハ> 「修正する額」(<ロ>-<イ>)

――と記載し、「修正額」を「修正する額」と読んで<ロ>と<イ>の使用していることによって明らかである。

(官公庁の用語例)

また、税務署以外の一般官公庁における用語例を見ても、例えば予算に関する「補正額」が「補正前の額」(既定額)と「補正後の額」(現計額)の差額部分を表示するものとして使用されていること、その他「改正」「訂正」「是正」等の用語が当該行為によって変化する部分を表示するものとして使用されていること等を考慮すれば、税法上の「更正額」が「更正する額」であって、その内容は、当該更正によって変化する部分を表示する用語であることは全くといってよいほど明らかである。

(被上告人の記述)

しかるに、被上告人は、第二準備書面の中で、更正後の税額等の記載について「更正額欄参照」と記述しているが、いかに更正額欄を参照しても、それによって「更正額」の意義が変わるものでないことは、国税通則法の規定と国語の表記法に照らして明らかである。

(更正の意思表示)

そればかりか、被上告人は、本件更正通知書の本文に

「右の表のとおり更正をします」

――と明記しているのであるから、右表記載の「更正額」が上告人の更正の請求に応じて納税申告書記載の課税標準等及び税額等を「更正する額」であることは、被上告人の更正の意思表示に照らして明らかである。

(通知内容の変更)

したがって、もし被上告人が、自己の意思に反して、右通知書に「更正後の額」と表記すべきところを、誤って「更正額」と表記したというのであれば、その誤記によって外形上、客観的に更正処分についての通知内容が変更されたことを被上告人は、国税通則法と国語の表記法に照らして確認すべきである。

(内容上の過誤)

もちろん、これは、用語を記載するための単なる文字の誤記にとどまるものではなく、本件更正処分についての通知内容の変更を伴なうので、その誤記は、明らかに内容上の過誤であり、しかも、その過誤は、被上告人が何ら更正する意思もなく、もっぱら用語の誤記によって外見上、形式的に更正の効力を生ずるに至った過誤であるから、その記載内容が真実の記載でない点で、昭和四八年の最高裁判決における第三者の登記操作による不実記載の事案と本質的に異なる点は一切、認められないのである。

二、原判決は、「相続税の総額」の意義について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法解釈の誤りがある。

すなわち、原判決は、本件更正通知書の本表(1)の<5>欄記載の

「相続税の総額」について、「厳密な意味における相続税の総額(相続人全員に係るそれ)ではなく、便宜上控訴人だけのものを記載したに過ぎない」

――と判示している。

(連帯納付義務の範囲)

しかしながら、「相続税の総額」というのは、相続人全員に係る税額であるのはもちろん、相続税法第三四条の規定によって相続人相互の連帯納付義務の範囲を確定する税額であるから、その金額においても、また連帯納付の義務においても、各人の相続税額とは法律上の意義が異なるので、当然更正通知書の記載要件の一つであり、したがって、これを各人の相続税額で便宜上代位できる性質のものでないことは全く明らかである。

(「相続税額」の欄)

よしんば、それが代位できるとしても、本件更正通知書の本表(1)の<5>の「相続税の総額」欄のすぐ下には

<6> 「同上のあん分割合」

さらにその下には

<7> 「相続税額」

――の各欄があるので、「相続税の総額」欄にわざわざ控訴人だけのものを記載する必要性は全くないものと言わなければならない。

(判旨は支離滅裂)

しかも、原判決は、「それが便宜上の記載に過ぎないことは、更正通知書及び修正申告書並びに異議決定書等から一見して明らかである」というが、更正処分が行われる前の、それも上告人が記載すべき納税申告書に被上告人が更正後の課税標準等及び税額等を記載するはずはなく、また、異議決定書は手続上、更正通知書の送達段階では全く入手不能であり、さらにまた更正通知書を一見して便宜上の記載であることが明らかであるならば、納税申告書や異議決定書を一見するまでもないのであるから、原判決の論旨は、明らかにその前提を欠き、支離滅裂というしかない。

(相続税の総額は不変)

なお付言すれば、「相続税の総額」は、特例農地等に係る納税猶予の適用があっても、全く不変である。

(各人の相続税額は可変)

しかし、各人の相続税額は、納税猶予の適用がある場合には、租特法第七十条の六第二項第二号の規定により「相続税の総額」に係る納税猶予税額が全て農業相続人に配分されるので、各人の取得した財産の価額又は課税価格が何ら変動しないにもかかわらず、自動的に変動することとなる。

したがって、たとえ更正通知書に各人の取得した財産の価格や課税価額が記載されていても、それだけで各人の相続税額が判明するものではなく、まして「相続税の総額」が判明する性質のものでもないことは規定上、明らかである。

(相続税の総額の差額とは)

しかるに、本件更正通知書の付表を見ると、「相続税の総額」が、あたかも納税猶予の適用によって変動し得るかのような前提に立って、

「相続税の総額の差額」

という欄があり、さらにこれを受けて、

「農業投資価格に基づく相続税の総額」

とか

「農業投資価格に基づく相続税額の総額」

とかという欄があるが、ここにいう農業投資価格に基づく「相続税の総額」又は「相続税額の総額」というのは、それが「相続税の総額」から相続人全員に係る総勢猶予税額を控除して得られる税額の意味であれば、その記載は

「農業投資価格に基づく算出税額」

の誤記(租特法第七十条の六第二項参照)である。

(評価額更正の処分性)

なおまた、各人の取得した財産の価額は、相続税法第三四条の規定により「相続税の総額」に係る各人の連帯納付義務の範囲を確定する利益の価額であるから、その更正は、明らかに処分性を有するにもかかわらず、被上告人は、別訴「転用含み評価取消訴訟」において、上告人が取得した財産の価額に係る「更正額」(本表(1)の<1>欄参照)の処分性を否認して勝訴したので、当該更正額に基づく課税価格並びに税額は、一切の法的根拠を欠き、当然無効であることは右訴訟における被上告人の主張によって明らかである。

三、原判決は、相続税の課税要件の根幹について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法解釈の誤りがある。

すなわち、原判決は、

「本件は、相続税法にいう『時価』の評価が争われているに過ぎない事案であり、最高裁判決がその前提としている『課税要件の根幹についての内容上の過誤』がある場合とは認められない」

――と判示している。

(事実誤認の事案)

しかしながら、本件訴訟は、評価問題もさることながら、課税の前提となる相続財産自体の存否に関する事実誤認が問われている事案であるから、昭和四八年最高裁判決における所得税法上の譲渡資産の存否に関する事実誤認が争われた事案と法的に同等の事案である。

(転用の権利を無視)

原判決の誤りは、農地等の潜在的な「転用の権利」が市街化区域における転用の届出制の導入によって法律上の財産権に転化したことを無視し、現行農地法における「転用の権利」を、従前のように土地所有権の一部に過ぎないと解している点にある。

(地下埋蔵金と応分の権利)

しかしながら、農地等の「転用の権利」というのは、その内容が、当該土地の耕作を廃止し、これを非農地化するものであるから、何をおいても耕作権との調整が必要であり、すでに市街化区域の発足以前から、土地所有者だけでなく、耕作権保持者も応分の権利を主張し、あたかもそれが地下埋蔵金のそれであるかのような前提に立って、土地代金の五〇%前後が耕作者に帰属するものとして、いわゆる「耕作権割合」が各地で設定され、これが事実上の財産権として定着していたものである。

(法律上の財産権)

この事実上の財産権が農地等の転用の届出制によって法律上の財産権に転化したことは、市街化区域の発足に伴なって、国税庁や全国の市町村が農地法第四条、第五条の転用の届出又は許可に係る農地等を「現況農地」のまま税務上の「宅地等」として、本格的な宅地並み課税に踏み切ったことから明らかである。

(課税財産を見誤る)

しかるに原判決は、農地等の「転用の権利」が当該土地の所有権の一部に過ぎないとの前提に立って、本件訴訟の争点を土地の評価問題に集約しているが、農地等の「転用の権利」というのは、例えば地下埋蔵金の権利のように、当該土地の所有権又は耕作権とは本来、次元を異にする財産権であるから、判旨は、相続税法上の課税財産を見誤るものである。

四、原判決は、相続税法所定の「時価」について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法解釈の誤りがある。

すなわち、原判決は、

「『時価』とは、当該財産の客観的交換価値をいう」

――と付言している。

(実体は空想的交換価値)

しかしながら、相続財産自体の交換価値というのは、たとえそれが原判決のいう「客観的交換価値」であっても、あるいはまた「主観的交換価値」であっても、相続開始時における現実の需給関係の中で、その交換価値が当該財産の売買価格として実現されていない場合には、その実体は、売買価格不明の空想的交換価値に過ぎないので、いわゆる「絵にかいた餠」も同然である。

(売買価格と収納価額)

よしんば、相続開始時における売買価格が不明な相続財産の交換価値も、相続開始後、被上告人の特殊技術によって相続開始時における当該財産の売買価格として主観的又は客観的に確定し得るとしても、相続財産自体の売買価格を物納財産の収納価額として相続税法所定の物納を認めれば、その物納は明らかに譲渡所得税の減免を伴なうこととなるので、これは所得税法の本旨に合致しない。

(売買価格は通常不明)

原判決はの誤りは、相続に因り無償で取得される相続財産の売買価格が、通常不明であるにもかかわらず、当該財産の相続税法上の「価額」を、市場における売買価格――すなわち現実の市場取引により有償で取得される所得税法上の譲渡資産の「価額」と混同した点にある。

(架空の譲渡資産価額)

しかし、相続に因る財産の取得は本来、経済外的な行為であるから、仮にこれを売買とみなして、当該財産の市場参入を想定したとしても、これによって得られる当該財産の売買価格は、架空の需給関係に基づく架空の譲渡資産の価額にほかならないので、相続開始時における当該財産の売買価格――すなわち現実の需給関係に基づく所得税法第三六条第二項所定の

「当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額」

――というのは、依然として不明のままである。

(相続財産の課税価額)

そうだとすれば、相続財産の売買価格を相続税の課税価格計算の基礎とすることは、あたかも「絵にかいた餠」を食べるようなものであるから、相続税法は、わざわざ評価の原則を定め、相続税の課税価格計算の基礎となる「課税価額」について、所得税法にいう「当該財産の取得の時における価額」ではなく、

「当該財産の取得の時における時価」

――と規定して、当該時価による「財産の評価」を求めているものと解されるのであるが、ここにいう「時価」の意義は、国税庁の評価通達がいうように、これを「相続開始時において通常成立すると認められる価額」と解すれば、この場合の「時価」の実体は、市場における需要と供給の総量を変更しないで――言い換えれば、相続開始時における相続財産自体の市場参入という架空の需給関係を想定しないで、現実の需給関係の中で文字どおり自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる所得税法所定の「譲渡資産」の価額というべきである。

(売買実例価額による評価)

国税庁の評価通達も、相続税法所定の「時価」を、相続開始時における現実の需給関係に基づく所得税法所定の「譲渡資産」の価額と解して、市場における売買実例価額や精通者意見価格による財産の評価を求めていることは、当該通達の個別の定めを見れば明らかである。

(「当該財産」の実体)

そうしてみると、相続税法にいう「時価」とは、仮にそれが「当該財産の客観的交換価値」をいうものとしても、ここにいう「当該財産」の実体は、原判決が想定しているような相続財産自体ではなく、相続開始時における現実の需給関係の中で、すでに交換価値が実現された財産すなわち当面の評価の対象となる相続財産と同種同型の財産であって、同時に所得税法に定める「譲渡資産」であることに留意する必要がある。

(課税価額と売買価格の混同)

ところが、原判決は、相続税法所定の「時価」を相続財産自体の「価額」と解し、したがって、農地を農地として利用する場合の市場の「時価」に相当する租特法所定の農業投資価格は、相続財産自体の価額ではないとして、これを「時価」の評価から排除しているが、これは、相続財産の価額すなわち相続税法上の課税価額と、市場の「時価」すなわち譲渡資産の売買価格を混同し、あたかも相続開始時における相続財産の売買価格を現実の市場機構によらないで、しかも、机上の計算で確定し得るかのごとく錯覚するものと言わなければならない。

五、まとめ

本件更正通知書は、その記載要件である更正後の課税標準等及び税額等がどこにも記載されておらず、また相続税の総額も記載されていない。

また、右通知書に記載された財産の価額は、あたかも上告人が河川区域内にある本件農地等について、現実に存在しない「転用の権利」を相続に因り取得したかのごとく被上告人が錯覚し、岐阜県地域の法定農業投資価格の一〇数倍にものぼる超高額の売買実例価額に比準して当該農投価格の二、三倍にものぼる過大な評価を行ったものである。

したがって、本件更正処分は、明らかに違法かつ無効である。

よって、上告人は、原判決の破棄と、さらに相当の裁判を求めるものである。

以上

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